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TIMEのはじまり
身体を機材に合わせるのではない、機材を身体に合わせたのだ
スキー板とビンディング
スキーをやる人なら、スキー板にはビンディングという部品が付いていてスキーブーツが固定できるようになっているのを知っている。でも、その装置と自転車用クリップレス・ペダルは同じ人物が発明したことを知っている人は多くないだろう。 スキーの世界では、ずっと以前から脚の骨折や靭帯損傷が多かった。1930年代からブーツをスキー板に接続するビンディング機構に様々な工夫がなされた。しかし第二次世界大戦後になっても、転倒時にビンディングが自動的にリリースすることはなく、なにかのミスで足首やヒザに大きなネジレの力が加わるとスキーヤーがケガをする確率がとても高かった。 フランス・ルック社の技術者ジャン・ベイルが様々な工夫の末に、スキーに過大な力が加わるとブーツがスキー板からリリースするシステムを作り上げた。1950年のことである。 |
ジャン・ベイル |
自転車への応用
一方、自転車の世界では、ペダルにクリップを付け、シューズをストラップで縛り付ける方法が続いていた。1971年にイタリアのチネリが自転車界初のクリップレス・ペダルを開発した。しかし、実際に多くの競技者たちに使われることはなかった。 1980年代に入ると、ルック社のベイルは自分の技術を自転車に活用できないかと考え始めた。もちろん自転車競技ではスキーのように脚が折れるということは少ない。しかし、シューズをペダルに縛り付けることで固定しているために、ヒザや足首の靭帯を傷めたり、転倒しても選手は自転車にくくり付けられたままだった。 ベイルは1984年に独自のクリップレス・ペダルを開発した。1985年にベルナール・イノーがそのシステムでツール・ド・フランスを制すると、販売にも弾みがついた。しかし、ベイルは、自分のペダルの欠点にも気づいていた。理想のペダルを開発するためにルックを出て、娘婿のロラン・カタンとタイム社を設立した。 |
ロラン・カタン |
自転車に特化した工夫
自転車とスキーのビンディングは違う。自転車では、ペダリング時にライダーの足は刻々と角度と位置を変えようとする。ケイデンスが高い時、つまり脚が早く回転する時やゆっくりと大きなトルクでペダルを踏みつける時など、足のポジションや角度が異なるのだ。回転が上がるとつま先が内に入り、回転が落ちるとかかとが内に移動する。同時に個人差もある。それらの要素すべてに対応できる機能をもたせて初めてもっとも効率的なパワー伝達が可能になるのだ。そうすることで足首やヒザなどの関節の故障を減らすこともできる。パフォーマンスを向上させ、故障を減らすことで選手寿命を伸ばした。基本的な考え方は、初代から最新のエクスプレッソに至るまで変わらない。シューズ角度の自由度、シューズ左右位置の自由度を確保することでシューズがペダル上の一点に固定されることなく浮いているように自由に動くことから「フローティング」機能とも呼ぶ。さらに、自由に動くだけでなく、常にセンターの位置にシューズを戻そうとする力が働くことでより安定した力の伝達が可能になるのだ。身体を機材に合わせるのではない。機材を身体に合わせたのだ。
グレッグ・レモンはペダルをタイムに代えた1989年のツールで劇的な勝利を収めた。その後、他のペダルメーカーもシューズの角度を変えることができる機構を加え始めたが、ペダリング時の脚の理想的な動きから開発を始めたのはタイム社であったし、それから25年、さらに機能は進化し続けている