ヨーロッパのようなカラッとした空気と、真っ直ぐに伸びる国道。夏の北海道は、サイクリストなら一度は夢見る旅先だ。今年、目指したのは国内屈指の極上コースが拡がる十勝地方。

  • 空港から走り出すと、すぐに気持ちのいい道が拡がる。(写真:菊地武洋)

■世界に誇るサイクリングルート

紹介するのは“トカプチ400”と呼ばれるコースだ。これは国土交通省が定めたルート設定や走行環境、地元の受け入れ環境などの指定要件を満たし、「日本を代表し、世界に誇りうるサイクリングルート……」と定義づけており、国のお墨付きコースである。因みにトカプチとはアイヌ語で「十勝」のことで、帯広駅を中心に8の字を描く全長400㎞だ。

ゲートウェイとなる“とかち帯広空港”は、羽田空港から90分。朝イチのフライトに乗れば、自転車を組み立てて9時過ぎには走り出せる。しかし、ツーリングはスケジュールに追われることなく、ゆっくり走ったほうが楽しい。今日の目的地は特に決めず、パートナーにレンタカーでサポートしてもらい南側のルートを15時ぐらいまで走ることにする。

  • 車載用キャリアのミノウラ・バーゴエクセルを使えば、車体に傷をつけることなく効率的に自転車を積める。(写真:菊地武洋)

ターミナルを背にしてペダルを踏み出すと、白樺の並木道が真っ直ぐに伸び、いかにも北海道という景色が始まる。空気はカラッとしていて、ベタベタとカラダに纏わりつかない。スタート直後の景色がいいと、これから先、いいことしかない起きない気分になる。

だが、そんな気分でいられるのもつかの間。いきなり最初の交差点でつまずく。空港からオンコースとなるまで案内ぐらいはあるだろうと思っていたら、見事にない。

幸福駅への案内板に誘われて右折したが、トカプチ400への近道は左折が正解。道に迷うのも自転車旅の面白さの1つだし、不安な人はスマホやサイクルコンピュータを使えばいい。とりあえず、幸福駅をサクッと見学した後、オンコース上にある道の駅“なかさつない”でコースマップを入手する作戦に。

コースに合流できれば、まずは一安心。案内板は5㎞ごと、もしくは曲がり角に小さな表示があるだけで分かりやすいとは言い難い。代わりに、コースは十勝平野に描かれているので、坂はほとんどない。コンビニやスーパーも少ない。なので、食糧や水分の補給は小まめにするように心掛ける。

道草&のんびり走って、空港から約3時間。道の駅・忠類でランチを取ることにした。ここには十勝平野を一望できると評判の“シーニックカフェちゅうるい”がある。ここまで空港から40㎞(真っ直ぐくれば30㎞)。ロードバイクで急げば1時間、クロスバイク90分もあれば十分だろう。

  • シーニックカフェ“ちゅうるい”は十勝平野を一望できるレストラン。 (写真:菊地武洋)

■気分はツール・ド・フランス

道は広く、クルマは少ない。北海道の郊外では当たり前のことだが、抜群に走りやすい。景色にしても、十勝平野は日本の食糧基地言われており、見渡す限り穀倉地帯が拡がっている。スタート直後はいちいち「スゲー」「サイコー」と口にしていたが、ずっと続くと慣れてくる。それでも忠類付近には丘陵があり、さながらツール・ド・フランスの気分が味わえる。

  • シーサイドを走る部分は少ないので、ちょっとルートから離れて勇洞湖近くの海へ。 (写真:菊地武洋)

  • 初日のゴール地点となった長節湖は鹹水湖(かんすいこ=塩湖)で、周囲は約5㎞。 (写真:菊地武洋)

  • 長節湖周辺の原生花園は春から初秋にかけてハナマス、エゾカンゾウ、エゾキスゲ、ムシャリンドウ、センダイハギ、エゾスカシユリ、ハマフウロ、ヒオウギアヤメ、クロユリ、スズランが楽しめる (写真:菊地武洋)

ほどなくして、今コース最南端の大樹町に入る。道の駅“コスモール大樹”の先は補給ポイントが減る代わり、サイクリングに集中できるコースだ。いつもの絶景の中、タンタンとペダルを踏むこと3時間で長節湖に到着する。この先、天気が思わしくないので、本日はここで終わり。

レンタカーを借りなくても、あと15㎞ほど走ると根室本線の新吉野駅があり、その先も鉄道の近くを走る。ナショナルサイクルルートのいいところは、このように自転車以外の公共交通機関との連携も視野に入れられているので、輪行して帯広を目指すこともできることだ。

■見どころ満載の北ループ

  • 上士幌町周辺の牧草地。ガードレールもなく開放感が高い。 (写真:菊地武洋)

トカプチ400のメインディッシュは北回りのルートだ。地図を見る限り、見どころ、難所ともに北側にある。スタート地点は帯広駅前。そして、今日もいきなりコースが分かりにくい。なにせ起点・終点が帯広駅前なので、市内にはトカプチ400の表示がチョイチョイある。駅から国道236号線を北上し、十勝大橋を渡ってしまえば迷うこともないが、地図ぐらいはちゃんと確認しておくべきということだ。

目指すのは上士幌町方面。クルマなら国道241号で真っ直ぐ北上するだろうが、トカプチのルートはさらに自然豊かな農道を走らせる。これが実に気持ちがいい。

私は旅先で自転車に乗るとき、オススメコースを教えてもらうため、ローカルの集うサイクルショップへ行く。ヨーロッパでもアメリカでも、サイクリストにとってのベストルートはサイクリストに聞くのがイチバンだ。そして、そんなノウハウが投入されているのがトカプチのルートで、それは昨日走った南ルートでも感じたことである。

さて、追い風に乗って、順調に最初の休憩ポイント、道の駅“ピア21 しほろ”まで2時間弱。思ったよりも時間がかかったのは、ジワッと上りが始まったから。今日の目的地は糠平温泉まの70㎞弱。距離は短いが、およそ標高550mまで登らねばならない。

と言っても、音更川沿いにジワジワと登るので、勾配自体は大したことない。これまで広い景色の中を走ってきたが、大雪山に向かって森の中を走るようになる。20インチの小径車で走ったので、想像にはなるが、一般的なロードバイクなら使うのは36✕25Tぐらい。ローギアが27Tまであれば、まったく問題ないだろう。

2時間弱で糠平温泉に到着。そのままトカプチ400の最高到達地点、三国峠まで走ってみようと思っていたのだが、天気に恵まれず断念。明日は早朝に北海道遺産のタウシュベツ川橋梁をみて、帯広に戻る予定だ。

  • 季節によって糠平湖に姿を消す幻の橋“タウシュベツ川橋梁”。長さは130m、コンクリートのアーチ橋。 (写真:菊地武洋)

3日目。今日も天気がよろしくない。しかも、標高が高いとはいえ、指切りグローブでは寒い。三国峠、然別湖のあたりはキャンセルして、道の駅“うりまく”までワープすることにした。

寒くなければ、もちろん乗っただろうが、勾配のキツさはかなりのもの。初心者なら糠平方面に引き返すのが正解だろう。北ルートを周回するのであれば、それなりに練習はしたほうがいい。

  • 映画やドラマの撮影にも使われる十勝の絶景スポットとして有名な、十勝牧場の白樺並木。 (写真:菊地武洋)

道の駅かみしほろ“うりまく”から帯広駅までは、下り基調のルート。これと言った観光&絶景ポイントはないが、私がもっとも気に入ったのは、このエリアだ。集落と穀倉地のバランスがよく、道も適当にアップダウンがある。音更町にある十勝牧場の白樺並木も人が少なく、静かに走るに最適なエリアだ。

  • 美しい景観を作り出す防風林は、日高山脈から吹き降ろす強風対策のほか、入植当時は燃料対策として保持されてきたという。 (写真:菊地武洋)

トカプチ400は健脚者なら、一泊で400㎞を走るのも不可能ではない。それこそ、ブルベ(超ロングラン)をやっているような人なら1日でこなすツワモノもいるだろう。しかし、それぞれのループを一泊して走るぐらいがちょうどいいだろう

  • 今回のツーリングで使ったのはベルギーのステインサイクル・ペグ。20インチの小径車ながら、ロードバイク並みの運動性能を誇る。 (写真:菊地武洋)

文/菊地武洋